夢ワークと「自己(セルフ)の実現」。

この土日もクラニオセイクラルバイオダイナミクスのセッションでしたが、時間のあいまを縫って、夢のワークショップに参加していました。

眠っているときに見た夢を参加者みんなが紹介しあって、その夢の続きをみんなでイメージしながら展開していくものです。

主宰のアートセラピーの先生が知的で感性豊かで本質志向で、その先生に夢のファシリテーションをしていただくと思いもよらぬ気づきが得られます。

そして何より夢(寝ているときの)が好きな人たちばかりなので、夢の話がたくさんできるのが楽しい…!

わたしは今回は、「霊能者の夢」をテーマにしました。

3/14に見た夢。

きれいで大きな大学病院に行く。1階の受付あたりに人がちらほらいる。

そこには、霊能者の男性の先生がいて、大学病院でありながらそこでひっそりと治療(セッション)を行っている。

その霊能者のセッションを受けた女性がいる。四十代くらいの、ボブの女性。チェックのスカートを履いている。その女性と世間話をしていたら、その霊能者のすごさを女性が語っていて、「すごいんですよ。龍やいろんなもの(神様とか仏様)が出てくるんです」ときらきらした顔で語る。

霊能者の男性が来て、セッションではなく、講義が始まる。霊能者は40代後半か50代前半の男性で、短い髪に黒髪、まゆげがこい。わりと醤油顔、身長は170センチくらい。中肉中背の細身寄り、髭を生やしている。一見、ふつうの男性に見える。7、8人くらいの男女(おもに50代、60代)が生徒としている。私はその霊能者の男性にセッションをしてもらうはずだったが、講義が終わっても自分の番にならない。

場面変わり、また病院の受付にいる。リベンジとして、その霊能者のセッションを受けるために申し込みをしようとする。大学病院では、その霊能者の存在や病院でセッションをしていることを公にはしていないが、病院全体では把握していて、隠れた診療として行っている。受付の男性がその霊能者のセッションの受付をしてくれようとするが、なぜか私が文字が書けないか何かで受付ができずにいる。私はずっとその男性の名前なんていうんだっけ?と考えている。その病院では、霊能者の男性のほか、ちょっと変わった心理カウンセラーの男性のセッションも裏の治療に入れていて、現代医学の病院なのに、そういうものにも寛容で、だからこの男性の霊能者のセッションも病院でできるんだな、と思う。

という夢だったのですが、これを夢で展開していったのち、みんなでいろいろと話していると、

西洋医学の大学病院→自我(身体、社会的機能)

霊能者の男性→自己(セルフ)

ではないかと思い当たりました。

自我と自己はお互いにやりにくさを感じているのですが、このいかんともしがたいところが人間で、自分であるのかもしれません。

自我と自己は人間の業として基本的にコミュニケーションがとりづらいなりたちをしているのかもしれませんが、

日々の暮らしのなかでの気づきからつながりを少しずつ育てていくことで、

互いを活かせるのではないかとも思いました。

そして、

「人生では病気になったり、失業したり、裏切られたり失敗したりすることがあったり、

よい出来事だけじゃなく、嫌な出来事も起こるけど、

ぜんぶ含めて自己(セルフ)の実現に向かうようになっているよね」

という話にもなりました。

苦しみの渦中にいるときはそんな風には思えないかもしれないけれど、

もっとも納得のできる、最善の「意味」を見つけていけるように。

例えば、この詩で表現されていることは、実際に至るところで起こっている気もしています。

ーある無名兵士の詩ー

大きなことを成し遂げるために
力を与えてほしいと神に求めたのに
謙虚を学ぶようにと弱さを授かった

偉大なことができるようにと健康を求めたのに
より良いことをするようにと病気を賜った

幸せになろうと富を求めたのに
賢明であるようにと貧しさを授かった

人々の賞賛を得ようとして成功を求めたのに
得意にならないようにと失敗を授かった

人生を楽しもうとしてあらゆるものを求めたのに
あらゆるものを慈しめるようにと命を授かった

求められたものはひとつとして与えられなかったが
願いはすべて聞き届けられた

神の意に沿わぬ者であるにもかかわらず
心のなかの言い表せない祈りはすべて叶えられた
私はあらゆる人の中で 最も豊かに祝福されたのだ

おまけ

この記事を書いたのち、この夢の違う意味を発見しました。

夢はほんとうに深い…。

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